◆幼少期

1995年12月、男2人兄弟の2番目として生まれました。赤ん坊のころはほとんどぐずらず、常に笑っている赤ちゃんだったそうです。

3歳頃から地元の音楽教室に通い始め、常に音楽のある環境で育ってきました。小さいころから映画やテレビを見ることが好きで、当時のお気に入りの映画は「Back to the future」シリーズ。何回観たか数え切れません。(1作目の冒頭のシーンに憧れて、小学生の時はスケートボードに乗って学習塾に行っていたこともありました(笑))

2-3歳のSei-Chan

僕が通った幼稚園では、「皆で同じ作業をすること」を勉強するよりも、「自分で決めたテーマについて勉強する」ということに焦点を定めており、僕が選んだのは「地図」というテーマで、3-4歳のころには都道府県の名前と位置をすべて覚えるほどまで没頭しました。うちの母が言うには僕は小さいころから不器用で、ひとつ何かを始めれば、そのことしか考えられない子だったとのことです。そのことから、物事に対して常に一貫性はあった、とも話してます。

Sei-Chan作 日本地図

小学生の頃は当時はお笑い好きで、テレビで見た漫才ネタを丸コピーして、友達とコンビを組んでクラスメイトに見せていたりしてました。一時期、いかりや長介さん関連の特番がやっており時代ずれではありますが、ザ・ドリフターズにドはまりしてたのも僕の人生のインスパイアの一つです。またテレビで放送されていたドラマ「ウォーターボーイズ」に憧れ、ダンスを丸コピーして楽しんでいたことも後の人生に大きくかかわっていると思います。

当時の生活ルーティンの中での楽しみといえば、音楽教室のピアノレッスンでした。個人経営の教室で生徒それぞれに合わせた内容のレッスンになっていて、僕はショパンなどのクラシックをやらせてもらったり、当時から好きだったマイケル・ジャクソンの音楽を好きなだけ先生と一緒に聞くだけの日があったりと、とにかく自由な空間に、僕は安心感を覚えていました。僕の今のレッスン活動もそこにインスパイアを受け、受けてくれる人に合わせた内容になっているのだと思います。

ピアノ教室の発表会・小学校3年生

小学校高学年になると、小さいころから続けてきた音楽をしっかり勉強したい、という気持ちがより一層芽生え、音楽大学の付属中学の受験に挑戦します。ピアノや楽器を演奏できる人がかっこいいと思っていた僕は音楽の道に進もうと挑みますが結果は不合格。応援してくれた家族や音楽教室の先生には申し訳ないなぁ。。と子供ながらに思ったことを鮮明に覚えています。滑り止め受験などはしていなかったので、そのまま地元の公立中学へ進学。もともと公立の中学に行くのなら、何かスポーツを始めようと考えていた僕は、音楽教室に通い続ける傍ら今度は部活動を楽しみに進学をします。

部活動本腰時代へ続く→

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